| 人種差別に対するマイケルのスピーチ: July
9, 2002 ニューヨーク ハーレム |
マイケルがこれだけの訴訟人生を強制され、さらに想像を絶するような不条理な容疑をかけられ 命を懸けるような刑事裁判にまで引きずり出され、普通の人間ならとっくの昔に
精神に異常をきたしてもおかしくないほどのメガストレスに絶え間なく
晒されても ほとんど人を非難をすることもなく、愚痴をいうこともなく、マイケルは ほぼ沈黙して前に進んできたわけですが、
長い歴史の中では、マイケルも 自分の言葉でどうしても公で声を上げなければならないと感じた時があったわけで、、。
Invincibleアルバムを出した後、PR体制の不当さと、Sony Music USAの当時の社長モットーラーを人種差別者と糾弾してニューヨークでデモを展開した後、
アル シャープトン氏が関係するニューヨークのハーレムにある
National Action Network本部で人種差別に関するスピーチをした時の映像が、最近またネット上にUPされたようで、
MJJFでも再びこの時のマイケルのスピーチが話題になっていましたので、 今回、よい機会ですから、その全訳を紹介したい
と思います。
NY Speech about racism(人種差別に関するニューヨークでのスピーチ) というタイトルで、
↓でマイケルがスピーチをする映像がこのHPで見られます。
The Source magazineはマイケルの弁護士
L.Londell McMillan(L.ロンデル・マクミラン)氏がPublisher(発行人)
です。
http://www.thesource.com/2009/07/reminisce-%e2%80%9cmichael-x%e2%80%9d-mj-goes-in-on-the-
ファンが会場で撮影したものらしく、画像が激しくぶれたり、音声が一定しない等、非常に観にくいですが、
これだけ黒人差別問題に関して自分の気持ちをはっきりと公で話すマイケルは珍しいといえます。
人種差別問題に関しては、詞や作品では自己の信念として常に明確に主張してきましたが、 公には自分の口からは
余りこの問題について語らなかったマイケルの心の奥底にある本音を、2002年デモ当時今こそあえて表に出すべきだとまで
判断したマイケルの気持ちが痛いほどに感じられる希少な映像といえると思います。
Michael's speech
against racism
Sharpton's National Action Network headquarters in the Harlem
neighborhood of New York,
July 9, 2002
『 私が6歳か7歳くらいだった時の、遥か昔のインデアナでのことを思い出します。
私はパフォーマーというか、皆さんもご存知でしょうが、エンタテイナーになりたいという夢を持っていた。
夜寝ている時いつも、母は私を起こしてこう言ったものだ、
「マイケル、マイケル、ジェームズ・ブラウンがテレビに出てるわよ!」 と。
私はベッドから飛び起きて、ただ画面を凝視したものだし、すべてのツイストやターンや腰を動かしたり、グラインドしたり
しようとしたものだ。Jackie Wilsonも出てきた。他の有名人もたくさん次から次へだ。本当に目を見張るような、
際限もないような偉大な才能の連続だった。
この時のアーティスト達が現実に一文無しな状態なのを見る事は本当に悲しいことだ。 彼等は世界中にとてつもない喜びを
生み出したのに、 レコード会社を初めとするシステムが完全に彼等を利用したからだ。
レコード会社がいつも主張するように、”アーティスト達は豪邸を建てた”とか、”大金を浪費している”とか、
”たくさんの車を買った”とか、 言うようなことではないんだ。そんなこと馬鹿げている。それは言い訳だ。
そのようなことはアーティストが成し遂げたことに比べれば、なんでもないことだ。
我々が現在闘っていることは、非常に重要なことだと皆さんに知ってもらう必要がある。
なぜなら私はうんざりしているからだ。 私はごまかしに対して心底うんざりしている。
現在の状況で実際に何が起きているのかに関してマスコミがいかに全てを操作しているか本当に嫌気がさしている。
メデイアは真実を話さない。彼等はうそつきだ。
それから彼等は我々の歴史の本を操作している。
我々の歴史書は真実ではないんだ。 それは嘘だ。歴史の本は嘘だ。
皆さんはそれを知らなければならないし それを知るべきなんだ。
ジャズからヒップホップ、ビーバップ、ソウルにいたるまでのすべてのポピュラー音楽の形式や、 Cake WalkからJitter
Bug、Charleston、Break Dancingまで異なるダンスの形、つまりこれらのすべては、Black dancingという様式なんだ。
現実逃避という感覚、つまりエンタテインメントという現実逃避を人々に与えること以上に重要なことって何だろう?
歌がなかったら我々はどうなるだろうか?
ダンスがなかったら我々はどうなるだろうか?
喜びや笑いや音楽がなければ?
これらはとても重要なことだ。
しかし、もし我々が角の本屋に行けば、 たった一人の黒人さえも本の表紙になってはいない!という現実を見るわけだ。
皆さんはエルビス・プレスリーの顔を表紙に見るだろうし、ローリング・ストーンズも見るだろう。
でもそれを最初に始めた本当のパイオニアはどこにいるんだ?
Otis Blackwell は多作で素晴らしい作曲家だ。彼は最も偉大なエルビスの曲の幾つかを書いた。
でも彼は黒人だったんだ。 彼は一文無しで亡くなった。そして誰も彼のことなんか知らないし、つまり、彼について書かれた
本なんか一冊もない。 なぜなら僕は世界中探してきたからわかるんだ。
今日私は彼のお嬢さんにお目にかかった。とても光栄だった。彼女に会った時、私にとっては、それはイギリスの女王に
謁見するのと同じレベルのことだったんだ。
しかし、今日私はすべての不公正について話すためにここにいる。
皆さんは思い出さなければならない。
私がレコードセールスで過去の記録を全て破った次の瞬間から、、つまり、私がエルビスの記録を、ビートルズの記録を
破った瞬間から、ギネスブックの歴史上、史上最高に売れているアルバムとして認知された瞬間から、一夜明けたら、
彼等は私を変人、ホモセクシュアル、 児童虐待者と呼び始めたんだ。
私が自分の皮膚を漂白しようとしているとも言った。
彼等は世間の人が私に背を向けるようにするために、ありとあらゆる全てのことをしようとした。
これは全て完全な陰謀だ。皆さんはそれを知らなければならない。
私は自分の人種をわかっている。鏡を見れば、自分は黒人であることがわかっている。
今や変革すべき時だ。 この建物を去るときに、何が(スピーチで)語られたかを忘れないようにしよう!
心に入れて、皆さんの自意識の中に入れて、それに対して何か行動を起こそう!
我々はそうしなければいけないんだ!
長い間待望されてきたが、今や変革がおきなければならない時なのだ。
だから、我々の松明を高々と掲げ、我々が本来当然受ける資格のある尊敬を受け取ろう。
I love you.
I love you.
どうぞ今日心に留めたことを明日に忘れないで。
そんなことをするようなら、我々は自分達の目的を達することはできないだろうから。
こんな(差別は)やめなければならないんだ。 止めなければならないし、だから私はそれを確実に止めさせるために
自分の最善を尽くすためにここにいるのだから。
皆さん、I love you.
”And remember: we’re all brothers and sisters, no matter what
color we are.
そしてどうか覚えていてください。 我々は皆兄弟であり、姉妹であるということを。
たとえ我々がどのような皮膚の色(人種)であろうとも。” 』
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生まれた時から黒人として数々の謂れなき差別を受けてきたマイケルが、それでも毅然と顔を上げて生きてきて、
黒人差別者や数々の偏見や嫌がらせに対して愚痴や悪口を言うわけでもなく、それまでは自分の作品を通して
自己の信念を主張してきたのに、 ここまで明確に自分の本音を公で話す必要があるとまで判断した当時のマイケルの
深く複雑な思いは 当事者でない限り到底理解することさえ不可能なものでしょうが、 何とかしてその自分の本音を
伝えようとするマイケルの熱意が伝わって来るようなスピーチです。
”you won’t see one Black person on the cover たった一人の黒人さえも本の表紙になってはいない!”という部分で
”One Black Person on the cover”とマイケルには珍しいほどの激しい口調で叩きつけるように声を上げて話す
マイケルに、 黒人としてアメリカに生まれてきたということは一体何を意味するのか?、、、、深く考えさせられます。
この発言をした後で、モットーラは社長の座を追われ、マイケルの主張の一部は見事に実現しました。
しかし、その後、アメリカ裁判史上に残るような冤罪で裁判にかけられ、、、、
『我々の松明を高々と掲げ、我々が本来当然受ける資格のある尊敬を受け取ろう。』 と主張したマイケルの言葉は
無残にも粉々に砕かれ完全に裏切られることとなりました。
それでも、マイケルは未だに愚痴一つ言わず、じっと沈黙を守り、ファンや周りに感謝する言葉だけを述べてきました。
限りない差別の中から自分の才能だけで立ち上がり、夢を追いかけ、実現させ、そして、裏切られ、 差別され、辱められ、、、それでも黙って変わらずに自分の道を進んで行くマイケルが今見ているものは、
どのような光景なのか、、、。
USではMTVが開局25周年を迎えるということで、当然、TVではマイケルの名前が頻繁に引き合いに出されるわけです。
あの裁判時にマイケルを死に追いやるような偏向報道を散々先導していた多くの同じ人間の口から MTVや音楽業界に
画期的に新しい時代をもたらした唯一無ニのマイケルの偉業や天才性に関する話がマイケル不在のUSで盛んに語られているわけです。
もしマイケルが白人として生まれていたなら、マイケルの人生はどうなっていたのか?、、、、。
それでも、マイケルは未だに不世出の天才の座を誰にも譲り渡さず、 再び新しい自分の未来に向けて歩み始めているのですから、、、、天才をも超えたLegendという存在は、やはりこの世に実在する、、と思わずにはいられません。
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